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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)66号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがなく、第一及び第二引用例の記載内容、本願発明と第一引用例との一致点、相違点についても当事者間に争いがない。

二 取消事由に対する判断

1 取消事由(1)について

(一) 右当事者間に争いのない本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第二号証(本願発明の公告公報)、第三号証(昭和六二年五月二九日付手続補正書)によれば、本願発明は、排ガス中の有毒ガス除去に用いられるハニカム状触媒担体の坏土素地を成形するための押出成形用口金の製造方法に関すること、右ハニカム状触媒担体においては、従来から、その軽量化や触媒効率を向上させるためにハニカム(蜂の巣)状の各孔相互間の隔壁の厚さをできるだけ薄くしたいとの要請があり、そのためには、右触媒担体の坏土素地を押出成形する口金のスリツト幅をできるだけ狭く、かつ精密にする必要があるが、機械加工でスリツトを穿設する従来の方法においては、前記坏土素地を押出成形するための口金のスリツトを〇・三ミリメートル以下にすることは困難であり、また、穿設後の補正がきかないためスリツト幅の寸法精度に誤差があつた場合に廃棄せざるを得ないとの問題点があつたこと、本願発明は、右問題点の解決を課題として、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨のとおりの構成、殊に、「まず口金母材に機械加工によつて所望の寸法幅より大きなスリツト(Ⅰ)を穿設しておき、次いでスリツトの表面に無電解メツキを施して所望のスリツト幅(Ⅰ´)まで狭める」との構成を採択することにより、従来困難であつた〇・三ミリメートル以下のスリツト幅を容易に得ることを可能にし、また、右機械加工の工程で穿設したスリツト幅の寸法精度に多少の誤差が生じても、その後の無電解メツキの工程での補正により口金母材の廃棄を避けることができる等の作用効果を奏し得たものであることが認められる。

(二) ところで、審決は、本願発明と第一引用例記載の発明との相違点(1)につき、まず「口金のスリツト幅を所望寸法より大きく穿設しておき、次いで該スリツト幅を所望寸法とする」ことが格別の技術課題ではないと判断し、次いで、第二引用例を引用して一旦穿設したスリツトを所望寸法幅より狭くするための手段として無電解メツキを用いることの容易性を肯定しているので、その当否について検討する。

一般にスリツトを穿設する際に、当初から所望のスリツト幅を得ることが困難な場合、まず細めの幅のスリツトを穿設した後、徐々にその幅を拡げて所望のスリツト幅にするのが通常の手順であり、原告主張のように、この点は機械加工においても同様であろうことは常識的にも肯認できるところ、前記(一)認定の本願発明の課題に照らせば、本願発明は、機械加工によつては穿設することが困難であるほどの狭小なスリツト幅を得ようとする場合に関するものであり、右課題解決のため、「口金のスリツト幅を所望寸法より大きく穿設しておき、次いで該スリツト幅を所望寸法とする」という通常の手順とは全く逆の手順を選択するという基本的発想のもとに、一旦穿設したスリツト幅を所望の寸法まで狭めるために無電解メツキ層形成という格別の手段を講ずることとしたものである。しかして、右基本的発想はその実現手段を伴わない限り、単なる思い付きの域を出でず、なんら産業上の利用に供し得ないものであることは明らかであり、その意味で、右基本的発想とその実現手段とは有機的一体関係にあるというべきであるから、この両者を分断して、相違点(1)の構成の着想の容易性を論ずるのは相当でなく、相違点(1)の本願発明における構成、すなわち「まず口金母材に機械加工によつて所望の寸法幅より大きなスリツト(Ⅰ)を穿設しておき、次いでスリツトの表面に無電解メツキを施して所望のスリツト幅(Ⅰ´)まで狭める」との構成につき、右構成全体から窺われる技術思想が、先行する公知又は周知技術の中に見出し得るかとの観点からその容易性が検討されなければならない。審決はその発想的部分と手段的部分とを別個に判断したものであり(しかも、前者についてはその根拠すら示していない。)、かかる個別的考察は妥当性を欠くものというべきである。

(三) そこで、相違点(1)に関して審決が引用する第二引用例について検討する。前記当事者間に争いのない第二引用例の記載内容及び成立に争いのない甲第五号証(同引用例)によれば、同引用例は「造型用金型への化学ニツケルめつき」と題する技術論文(なお、右の「化学ニツケルめつき」が本願発明にいう無電解メツキと同義であることは当事者間に争いがない。)であり、そこには、右メツキ法によれば、表面の大きさや形状に関係なく、目的とする品物に、均一で、しかも自由な膜厚が得られ、この均一性と自由に得られる膜厚が、金型にとつては特に必要なことで、複雑な型状をしている金型には非常に適していること(二九頁三列末行ないし四列八行)、右膜厚は時間とメツキ液の濃度によつて決まるもので、溶液が流通する限り、どのような寸法の個所にも正確かつ均一にメツキされること(二九頁四列一八行ないし二三行)との記載のほか、このメツキ法が造型用金型に硬度耐磨耗性等を付与するうえで非常に優れたものであることの記載があることが認められるところ、これらの記載によれば、右化学ニツケルめつき、すなわち、本願発明にいう無電解メツキは、造型用金型に均一でしかも自由な膜厚のメツキを施すことができ、また、メツキ液が流通する限りどのような寸法の個所にもメツキを施すことができるものであること等が窺われるものの、これらの記載は、いずれも、このメツキ法が造型用金型に必要な硬度、耐磨耗性等を付与するという目的のもとに使用されるものであることを前提とするものであることは明らかであり、本願発明におけるように、通常の機械加工によつては穿設することの困難な狭小なスリツト幅を得るために、一旦機械加工によつて口金母材に所望寸法より広幅のスリツトを穿設し、そのスリツト幅を所望の寸法まで狭める手段としてこれを使用するような技術思想については、直接の記載がないのは勿論、その示唆さえも見出すことができないものといわざるを得ない。そして、本件においては、他に相違点(1)における本願発明の前記基本的発想部分を含め右のような技術思想を示唆する公知又は周知技術の存在を認めるべき証拠もない。

(四) そうであれば、審決が、相違点(1)に関する本願発明の構成をもつて、当業者が容易に想到し得るところであると認定判断したのは、誤りというべきである。この点に関し、被告は、金型の硬度及び耐磨耗性を改善する目的で無電解メツキを用いること自体は本願出願前から慣用手段であつたこと、本願発明の押出成形用口金もいわゆる金型の範疇に属し、かつ複雑な形状のものであること、第二引用例には無電解メツキにより複雑な形状の金型の表面に均一の膜厚のメツキができることが記載されており、本願発明における無電解メツキも、複雑な形状の金型を対象とし、金型表面に均一な厚みの層を形成するために行われる点では共通すること等を根拠に、本願発明の前記構成が容易に想到し得るものにすぎない旨主張するが、被告が根拠として挙げる事実がすべて肯認できるとしても、これらの事実のみから右構成に想到することが容易であるとは到底いえないことは叙上の認定説示に照らして明らかというべきであるから、被告の右主張を採用することはできない。

2 しかして、以上の認定判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原告のその余の主張について判断するまでもなく、審決は違法として取り消されるべきである。

三 よつて、原告の本訴請求を認容する。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

機械加工により前面に碁盤の罫状にスリツトを穿設するとともに該スリツトに連通する坏土導入孔を裏面側に配設した口金母材の該スリツトの幅を測定してその幅寸法(1)から所望のスリツト幅の寸法(Ⅰ´)を差し引いた差の二分の一即ち<省略>の厚さのメツキ膜を前記口金母材の少なくともスリツトの表面に無電解メツキにより形成してスリツトの十文字の交叉部の丸みのない外角部に丸みをもたせると同時にスリツト幅を狭めることを特徴とするハニカム状成形坏土素地の押出成形用口金の製造法。

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